こんにちは♪ BADO!スタッフの並木です!
さて、先日3/17(水)に行われたバドリンクス!では
twitterに関する激論が交わされました!
ゲスト:社会派ヒッピーのテンダーさん(つけヒゲ着用)

で、テンダーさんはtwitter反対派なんですか?
テンダーさん:
「twitter反対派ではなく、実体験肯定派といって!
否定は肯定派があって成り立つでしょ。立場が弱いの。」
「ためらったり迷ったりするのが、人にとってすごく大事。
それがいちいち発露してると、浅くなるというか…
twitterとかですぐ出しちゃうと、言って満足しちゃう部分がある。
人に思考を頼っちゃう。
頼ってもいいけど、最初から自分で考えるべきところを投げてしまうのはどうかな」
「テレビが始まった時、”一億総白痴化”って言われたでしょ。
twitterはその2番手なんじゃないかな。
例えばテレビ。目の前で映像が切り替わることなんて、普通ないでしょ。
考え方を強制的に操作されて、知覚を刺激されてしまうのは良くないと感覚的に思う。
間が殺されている。芸人さんだって、空白を嫌がるでしょ?」
「もう一つは、全部が悪いとは思わないけれど、
本当に世界の裏側の出来事をその瞬間に共有することは必要なのか?という疑問。
例えばチリの地震。
確かに、twitterを使えば最速で共有できるけれど、その速さにどういう意味があるの?
それは考えるべきだと思うな」
そこに参加者のあらいさんが発言。
あらいさん:
「そもそもネットそのものが、脳の拡張だと思う。
人間が妄想できる世界が拡張している=肉体感覚が薄れていく。
テレビのニュースやyoutube見たって、起きたことを知ってることとは違う。
その場にいて崩れていくものや目の前で死んでいく人たちを目撃するのが、
”見た”ってこと。
例えば沢尻エリカがイヤなやつだと皆が言うのは、脳がつながってるってこと。
そうやって拡張しすぎた脳みそが、思考を止めてしまうから
うつ状態になることも考えられるんじゃないかな?」
テンダーさん:
「僕がトラッカーに魅力を見出すのは、
資本主義みたいに物や資本の配分じゃなくて、
物を持たなくても普通に生活できる技術を提供して社会に貢献したいという想いから」
すこさん:
「僕が資本主義は悪いところばかりじゃないと思うけど、難しいのは、
今日1だったら明日1以上じゃないと成り立たないところ。
みんなして拡大すると、飽和に近付くほど、搾取で生き残ろうとしてしまう。
ネットが新しく出てきたことによって、
物質的経済圏の搾取構造が解消される可能性があると思うんだけど、どう思う?」
テンダーさん:
「実際にはそうならないんじゃないかな」
あらいさん:
「実際には起こってるよ。
農家の人も、マーケットの値段がちゃんとわかるから、売り上げを最大化出来る。
情報がないために損させられていた人たちが救われていく」
テンダーさん:
「でも、ネットじゃなくてもできるんじゃない?
例えば僕が産直してた長いも。
300円で売れるものを、JAに80円で買いたたかれてしまう。散々。」
テンダーさん:
「今まではお菓子をそのまま売ってた。
でもアルミで包んで日が持つようになったから、何倍も売れるよ!っていう事態は、
ホントに良かったのか?と思ってしまう。
資本っていう尺度で見て、良かったってことでしょ?
本当に少ないお金でやりくりできる技術があったら、そんなの必要なかったかもしれない。
僕は原点を見てしまうから、そう「本当に必要なの?」って思ってしまう」
すこさん:
「テンダーの理想の社会は、現状とかけはなれているね。
それを元に戻すためにネットが使えるかもしれない。
今どう使うか、っていう建設的な議論はまだできる。
人間がその理想にたどり着いたら、ネットは消えてなくなるかもしれない。
地域通貨なんか、コミュニティの中の等価交換が成り立つようになったら、
根付いたら、なくなってもいいでしょ?
下火になることによって、問題があったのかと思われちゃうけど、それは逆。
大事なことを実現した、ってことなんじゃないかな。」
あらいさん:
「それは効率悪く生きる生き方って、あるんじゃない?という問題の投げかけだと思う。
いつから効率が良くなったかって、産業革命とか、200年300年の歴史。
でも不幸になったこともたくさん。そのアンチテーゼとしての疑問じゃないかな」
テンダーさん:
「情報が広がったことによって、村の力持ちが世界で何番目かわかるようになった。
それは幸せなのかな?
村の力持ちの誇りを、自分であえて崩すでしょう。
皆頂点を目指すけど、でも叩きあうために音楽やったりしないでしょ。
食いぶちは確かに大事だけど、個人の感受性も大事なんじゃないかな 」
すこさん:
「全てが効率化され、すべてがグローバルになることによって、財や知識が適材適所になる。
一方で、昔ながらの生活をしていて自分たちの価値観を大切にしている人たちがいる。
そこにBOPビジネスで入り込んでくる人たちがいる。
例えばイスラムで抑圧されている女性が近代化で生き生きできる一方、
市場経済の搾取構造の中に取り込まれてしまう。
バングラなんか、情報化がこれから発展していくでしょ。
それってどうなの、だいちゃん?」
だいちゃん:
「ネットなど、性質をどう使うかという話だと思う。バングラは100年前の日本にそっくり。
違うのは、屋根にソーラーパネルがついてて、皆携帯電話持ってること。
皆ソーラーで生活の電気をまかなってる。携帯があると洪水情報も入る。
携帯を貸すことでコミュニケーションだったりビジネスになったり、
そういうユルイ感じが日本じゃありえなかった新しい発展の仕方に見える。
道具を上手く、リスクを考えながら使えると思う」
あらいさん:
「便利な道具を悪用する人たちの方がパワーが強い。
よく使おう、という工夫が押し流されてしまうかもしれない。
ネイティブアメリカンだって、資本主義に押し流されてしまった。
ほそぼそとお土産売ったりして、ファストフード食べて…。
そうやって悪いものを一身に引き受けるネイティブアメリカンもいれば、カジノでもうける人もいる。
富の偏差が広まっていく。使い方に課題があるんじゃないかな」
すこさん:
「誰にとって、”いい使い方”なのか?
インディアンも、「いいんだよ」と言われて、確かに最初は良かったかもしれない。
でも短期的なインパクトに負けず、長期的なインパクトを見なくちゃいけない。
そこを測る指標がないんだ」
テンダーさん:
「ところで、”共有ってなんだろう?”って、僕は常々思う。
千葉の房総半島に8畳の島をペットボトルで作ってるんだけど、なんで作ろうとしたかって、
六ヶ所村の野外フェスで初めて会う人がハグしちゃうような雰囲気で、
ここで何かいったらスゲェ伝わるんだろうな!って思ったのがきっかけ。
つまり、アーティストの考えや想いはあっても、
伝えるための前後の背景や文脈はあまり考慮されないのかなって。
僕が島でたき火して何かを伝えたら、すげぇ伝わるのかなって。
今、それをやってみているんだ」
テンダーさん:
「web、twitterは字面の共有だと思えて、それが本当の共有なのかな?って。
俺の感覚だと、それはシェアじゃなくて、文字読んでるだけじゃないかなって」
すこさん:
「すぐ言葉にすることによって熟考できないのかっていう点に関しては、こう思う。
twitterは”個人同士の間が溶け出した”感じがする。
ナウシカの原作で、オームがナウシカに語りかけるところがあるよね。
”個にして全、全にして個”って。
自分から出たものだって、どこまで自分なの?
インプラントと入れ歯は自分なの?
一つ一つの細胞は死んでいるけれど、過去の自分。
そうやって生きてる。
そう考えると、近代社会って一人ひとりが合理的な生き方をするのが前提。
一貫した態度を求められる。
でも、同じ人間でも時間が経てば変わる。
半年前の自分と今の自分は違うかもしれない。
twitterのつぶやきも、シナプスの偶然の産物。
他の人たちのシナプスとぶつけてみることもすごく大事だと思う。
たまたま、まずは言語から始まったんだ、と思えばいい。
これから言語じゃなくなるかもしれない。」
時間もオーバー気味だったので、これにて議論はひと段落となりましたが、
その後も会場ではtwitterや表現、哲学についての議論が巻き起こり、
カレーやお酒、おつまみで語り合う参加者さんが続出。
お互いの考え方をぶつけ合い、すりあわせる、面白いパーティーとなりました。
参加してくださった皆さま、ustをご覧いただいた皆さま、ありがとうございました!
ぜひ、またの機会にもお待ちしています!
