記念すべき第10回のゲストは、
自転車日本一周、バックパック世界二周の経験から写真家への道を選びとった
写真家・作家の青山裕企さんでした!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
写真家 青山裕企氏 プロフィール
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
東京都在住。
サラリーマンや女子高校生など“日本社会における記号的な存在”をモチーフとし、
自分自身の父親像や思春期観などにユーモアをとりいれながら制作している。
「ユカイハンズ」代表。
1978年、愛知県名古屋市生まれ。
1998年、コンプレックスを打破するために、自転車で日本縦断の旅に出る。
北海道の景色に魅了され写真を撮り始める。与那国島まで5000キロ走破。
2000年、現在の活動の前身となるアーティスト集団「愉快ハンズ」を立ち上げる。
フリーマーケットや学園祭などで作品を販売。
2001年、自分の将来を決定するために、世界2周の旅に出る。
1周目は、ユーラシア横断~9.11テロに遭遇~南米縦断など23カ国を巡る。
2002年、2周目の道中グアテマラにて、写真家になる決意をして帰国。
2005年、筑波大学人間学類心理学専攻卒業。
2007年、キヤノン写真新世紀優秀賞(南條史生選)受賞。
2008年、個展「undercover(和田画廊)」、
「ソラリーマン・オリンピック(Tokyo Wonder Site)」を行う。
また2009年には、アートフェア「NEXT(Chicago/USA)」、
「YOUNG ART TAIPEI」、「ART OSAKA」、「ART Singapore」に参加。
「僕と旅と、そして写真。」
ソラリーマンとは“空跳ぶサラリーマン”の愛称であり、
現代社会を静かに担うサラリーマンにスポットをあてるプロジェクトのこと。
画一的なスーツを身に纏っていても、
サラリーマンにはそれぞれの個性とドラマがあります。
サラリーマンとは?サラリーマンのかっこよさとは?
空へ向かって跳ぶ彼らの写真を撮りながら、
年齢も役職も様々な現役サラリーマン達に、
「働くって何なんだ?!」という問いをぶつけています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「旅は、コンプレックスを克服するために必要な経験でした」と語る青山さん。

「最初は、たまたま見つけた自転車世界一周の本に触発されて。
体力に自信がない自分のコンプレックスを克服するためにも挑戦!
石垣島なども辿りながら、日本を一周。
自転車の旅って、すごくいい。まず、やせます(笑)。
体脂肪でいえば6-7%になります!
こぐっていうのが、すごくシンプルなのもいい。
北海道で牛を眺めながらこいでこいで、お風呂を目指す、みたいな。
こがないと進まないし、こぐしかない。自分で動くしか無い世界。
0-30km 漕いで食べる焼きそばパンとか、すごく美味しい。
物事がシンプルになります。
また、自分の足で自転車をこいで縦断したってことは、ものすごい自信になりました。
打ち込むことや、趣味もできました。」
「この旅の最初は、ホント大変で。
ホテルを予約した先に行かなきゃいけないのに、台風が来てた。
行かなきゃ死ぬ、寝る場所ない!って感じで、
台風が迫る中自転車を漕いで、けっこう大変だった。全部ずぶぬれ。機材もね。
考えてみれば、台風が過ぎるまで他の宿で待てば良かったんだろうけど、
その時はもう必死。何が何でもたどり着かなきゃ!って。
かなり危なかったんですけれど、でもその時のしんどい体験が、
「この後何があっても大丈夫かな」って気持ちに繋がった感じがします。」
「その一方、最近は箱根の途中で足が痙攣して動かなくなったりして、帰りました(笑)。
昔は若気の至り、勢い、思い込みの力強さがあったと思います。
世界一周も、同じ。
「世界一周って、なにするの?」って言われても行っちゃうくらいの勢いで
いいんじゃないかな。」
「世界一周は、自分探しをしたいという気持ちから。
自転車で日本を回ることで、自分の達成感みたいなものを得たし、
運動苦手コンプレックスを乗り越えて。
2周しようと思ったのは、1周で観切れないと思って。
僕、人見知りなんです。
そんな人見知りの自分を変えたくて、修行のつもりの旅。
言葉が通じにくい国を敢えて選んでみた。
中国、モンゴル、ロシア、ウズベク、ヨルダン、シリア、トルコ、
ギリシャ、イタリア、仏、アンドラ、スペイン、アイスランド…と。
その頃に9.11が起こりました。アメリカへ行き、
その後はペルー、ボリビア、アルゼンチン、パラグアイ。」
「モンゴルとロシアはホームステイ。
人見知りな自分をどうにかするには、
日本語や英語すら通じないどうにもならない場所に身をおくしかないと思って。
普通に旅行したら、自分はきっと人に接しないで過ごしちゃうから。
ホントは家でぬくぬくしていたい、一人が大好き(笑)。
だけど、そういうところに身をおいて自分を鍛えないと社会に出られない、
って不安がすごく大きくて。だから旅しました。」
「モンゴルのホームステイではゲルのお家に滞在しました。
ここは特に面白かった!
日本から一番近くて一番遠いような、カルチャーショックを受ける。
言葉に関して言えば、365°が草原のこの地は、言葉が少ない。
10、20くらい単語を覚えると、何とか生活できるんです。
英語を話せなきゃ、文法間違えたくない、っていうのじゃなくて、
1つ1つ言葉を覚えていって、ゼロからコミュニケーションを積み重ねて行く大事さを
勉強しました。」
「モンゴルからシベリア鉄道。ここでスリに遭って。
モンゴルから出るとき、列車に入る際にモンゴル人数名に取り囲まれて、
気づいたらサイフない、みたいな。クレジットカードとかも入ってたのに。
あと15分くらいで出発というときだった。
他にも色々。例えばウズベクも、
ホテル予約しないとビザ取れないから予約したのに、見事に予約できてなかったり。
言葉通じない、人見知りとか言ってられない状況では、
火事場の馬鹿力で、日本語をまくしたてて怒鳴って。
気づいたら全部何とかなってた(笑)。」
「余談ですが、中国で仲良くなった日本人と、たまたまルートが一緒で。
その人とモスクワで合流できそうだったから、
手帳に『●月●日●時にレーニン像の前で待ち合わせ』って書いて約束したんです。
で、ちゃんと出会えたんです。
そういうアナログな交信の仕方も、すごくいいなと、印象に残っています。
アイスランドでは、宝さがしみたいなことをしてた。フロイトの本を使って。
レイキャヴィクのホテルに泊まったのですが、大体ルートって決まってるんですよね。
「どこどこの木の下に何かを埋めておくよ」とか。地図やバッヂを埋めたかな?
そういうの、面白いですよね。国をまたいだ宝探し。」
「次に、ウズベキスタン。次にヨルダン。
人見知りなので、あまりいい笑顔撮ったりできないのですが…。
少年の写真を撮ったら、後でお金を要求されました(笑)。
金銭を返して撮れるようになるまで、レベルが上がったってことですね(笑)。」
「次はアンマン。バグダットグランドホテルに泊まってました。
本当はホテルもドミが基本なんでしょうが、それも当時の自分にはしんどかった。
極力一人で本読んだり文章書いてたり。
どうしてもふれあわなければいけない環境に身をおくときは、きちんとふれあう。
海外だからこそ、一人の時間もすごく大事だと思います。
この旅の中でものすごく沢山文章書いた。
その頃に一生懸命考えたことは、今の自分にすごく繋がってるんです。
他者の気持ちでない、自分の純粋な気持ちを育てられたから。」
「ヨーロッパはほぼゼロ泊。夜行で行きました。ずっと一人旅をしていて、
ヨーロッパに来たときは心の底から「ここは女の子とくるところだ!」と思った(笑)。
ボロボロのシャツで、レストランに一人で入るときの気まずさといったら!
引け目ばっかり感じてました(笑)。
2周した後に、新婚旅行でもう1周。
奥さんとヨーロッパ来て、「やっぱ女の子と一緒で良かった」と思いましたね(笑)。」
「次に、アイスランド。ここは空気が住んでて、空港おりた瞬間から違う。
空港出てバス乗って、バスターミナルで降りた時にレインボーを見て。
来てよかったと思いました。
何も無いですけど、地球、火山、溶岩、氷河、草原、以上、みたいな。
北海道を回った時と同じ感覚。研ぎ澄まされていく。
行ってみないと分からないかもしれないです。」
「次に南米。南米って、すごく旅しやすい地域だと思います。
バスがすごく整備されている。
よっぽど中東やアジアより快適に旅できたところだと思います。
ボリビアのチチカカ湖では標高4000くらい。一番死にかけました、高山病で。
神が近い、と思いましたから(笑)。
この湖は、写真で見るより、ものすごく青い。雲も近い。」
「ボリビアの鉱山にも行きました。ボリビアは貧しい国で、
話を聞くとお父さんが一家を養うために一日8時間鉱山で働いて、一日3ドル。
中は空気が悪くて、働き手はみんな40歳くらいですぐ亡くなってしまう。
そういう話を聞くと、すごく自分が恵まれていると思う。
9.11の時も思ったけど、旅はホント道楽だなって。
修行とか言ってるけど、やっぱり大前提として。
でも道楽が悪ってこともない。
貧しい国の人がいて、恵まれた国の人がいて、生まれ持って不平等だけど、
お金持ちはお金持ちなりの悩みがある。貧しい人も貧しいなりに。
その時はすごく引け目を感じたけど、でもその時の自分には旅が必要だった。
色々考えさせられました。」
「9.11のときは、0泊だったので2日後くらいに知ったんです。
情報がなくて。全然実感がなくて、だから平気だったんです。
でもNYに行ったときに、すごく実感した。まだチリがグランドゼロを覆っていて。
物々しい雰囲気。それを見て、ギャップというか、いろいろ感じました。
9.11の2週間後のことでした。」
「最後に、南米のブエノスアイレス。
ま、こんな感じで回って、人見知りであることは自分の中では
(劇的ではないけれど)色々な経験から、
ちょっとは自分が出せるようになったかな、って。」
「世界を一周したあとに、日本を18きっぷで回った時の写真もあります。
違いを見たくて、18きっぷで、1か月旅行。
温泉(露天風呂)も入りました。
タダで泊まれるライダーハウス。ライダーもチャリダーも泊まれる施設で自炊したり。
これもたまたま、北海道を回っていたときに、
キャンプしてる人に出会って入れてもらって、いろいろ教えてもらったんです。」
「あと、2000年に北朝鮮に行った時の写真も。
北朝鮮は旅行者を管理しているので、国民とコミュニケーションはできない。
街で会えない。行けるところも限られていて、ツアーで、ガイドつき。
その方に先導されて、抜け出せない。でも結構リピーターが多くて、
いかにして現地の人とコミュニケーションをとるか?
みたいなノウハウがあるらしいですよ。」
「こうやって旅をしながら写真にのめりこんで、仕事にしたいなって思ったけれど、
純粋に楽しいことを仕事にするってことに、すごくジレンマを感じるようになって。
2周目を周り始めたときに、すごい落ち込んだ時期があった。
この旅で、将来を決めようと思っていたのに、
2周目は行ってる国は違うけど、やってることは一緒。
海外に行っても、自分の将来決まるかよ!みたいな。
楽しめなくて、不眠症になって。
普段は友達と写真をよくやっていたのに、海外行ってできなくなって。
好きなことできなくて、何のために旅してるの?って悩んで。
でもこの度で人生決めるって考えたので、不安を抱えながら旅を続けて。
でもグアテマラで、ある日、シャワールームで朝シャンしてて、
朝日が差し込んできたときに、とうとう「写真だ!」って。
悶々としていたのが膨らんで、破裂した瞬間が来たんです。「写真!」って。
そのあとは帰ることしか考えず、全力で帰国便を手配して、帰って、
写真の専門学校を探して、写真に集中しました。」
「すごく長い中で、自分に自信をつけて行って、写真で覚悟を決めるまでの旅でした。
このときは24歳です。
大学やめようかと思いましたが、最終的には大学をきちんと卒業することを決めました。
何かを決めるということは、他のことを捨てるということ。
だったら、この2年間しか心理学は絶対できない。
この2年間は絶対勉強しよう、って思って。
父も、好きなことやっていいけど大学は出てほしい、という意向だったんです。
だから、大学行きつつ写真も勉強しました。
写真を始めて。友達を跳ばせた写真なんかの展覧会をやったりして。
ソラリーマンのきっかけは、4年まえ、オヤジが肝臓がんで亡くなったこと。
僕のみた父は、帰りが遅くて、家にいても飲んだくれていて、
休みは遅くまで寝てて、パチンコ行って、みたいな。
優しい人でしたけれど、仕事は全然見なかった。
でも葬儀をするとき、会社の人達が、どれだけ父がすごい存在だったか教えてくれた。
僕自身は、その当時は「一人で生きていく」っていう気概があって、
サラリーマンを少し斜に見てた。
大変だけど自分でやってるし、サラリーマンとは違う、っていうアイデンティティ。
でもこのときから、少し考え方が変わって。サラリーマンを撮るようになりました。」
「現時点の活動ですが、ソラリーマンは去年の11月に出版。インタビューも収録。
もうひとつの作品が、女子高校生をテーマにした作品。これは顔を一切出さない作品。
サラリーマンも女子高校生も、記号っぽいと思う。
服を着てるだけで、固定的にみられるでしょう。
ソラリーマンは記号化されている人を跳ばせることで個性を引き出すけれど、
こちらは記号的なところだけ出す。顔は出しません。

撮影場所も、教室っぽいけど、教室なのかわからない。
女子高校生じゃない人が制服着てるかもしれない。
ちょっとフェティッシュな感じ。今もインターネットでモデルさん募集しています。
自分が高校生だった時は、女の子に話しかけられない初な男だった。
知りたい、触れてみたい、けどできない、そんな微妙な距離感を表現しています。
こちらの写真も、今年の6月に出版されます。個展は、今のところ予定はないです。」
「これからの目標。旅をした後の着地点は、とても日本的なところ。
今は旅に対する興味はないです。
ただ、日本のものを、海外の人に見てもらいたい。
実際に、去年から作品を海外に持っていっています。
そういうところでサラリーマンを見てもらいたいですね。」
ゲストトークの後は、いつもと同じくドリンクタイム!
今回も10人を超える人たちで、BADO!事務局はわいわい盛り上がりました♪
青山さん、本当にありがとうございました!
(著作はこちら。「ソラリーマン―働くって何なんだ?!
」)


次回のバドリンクスは、4/28(水)開催予定!
ゲストはバングラデシュでストリートチルドレン支援を行う団体
エクマットラの共同代表、渡辺大樹さんです。
詳細は後ほど発表いたしますので、乞うご期待!
第10回バドリンクス!レポート
第10回バドリンクス!『ソラリーマン ~働くって何なんだ?!~』レポート
記念すべき第10回のゲストは、
自転車日本一周、バックパック世界二周の経験から写真家への道を選びとった
写真家・作家の青山裕企さんhttp://twitter.com/yukiaoでした!
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写真家 青山裕企氏 プロフィール
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東京都在住。
サラリーマンや女子高校生など“日本社会における記号的な存在”をモチーフとし、
自分自身の父親像や思春期観などにユーモアをとりいれながら制作している。
「ユカイハンズ」代表。
1978年、愛知県名古屋市生まれ。
1998年、コンプレックスを打破するために、自転車で日本縦断の旅に出る。
北海道の景色に魅了され写真を撮り始める。与那国島まで5000キロ走破。
2000年、現在の活動の前身となるアーティスト集団「愉快ハンズ」を立ち上げる。
フリーマーケットや学園祭などで作品を販売。
2001年、自分の将来を決定するために、世界2周の旅に出る。
1周目は、ユーラシア横断~9.11テロに遭遇~南米縦断など23カ国を巡る。
2002年、2周目の道中グアテマラにて、写真家になる決意をして帰国。
2005年、筑波大学人間学類心理学専攻卒業。
2007年、キヤノン写真新世紀優秀賞(南條史生選)受賞。
2008年、個展「undercover(和田画廊)」、
「ソラリーマン・オリンピック(Tokyo Wonder Site)」を行う。
また2009年には、アートフェア「NEXT(Chicago/USA)」、
「YOUNG ART TAIPEI」、「ART OSAKA」、「ART Singapore」に参加。
「僕と旅と、そして写真。」
ソラリーマンとは“空跳ぶサラリーマン”の愛称であり、
現代社会を静かに担うサラリーマンにスポットをあてるプロジェクトのこと。
画一的なスーツを身に纏っていても、
サラリーマンにはそれぞれの個性とドラマがあります。
サラリーマンとは?サラリーマンのかっこよさとは?
空へ向かって跳ぶ彼らの写真を撮りながら、
年齢も役職も様々な現役サラリーマン達に、
「働くって何なんだ?!」という問いをぶつけています。
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「旅は、コンプレックスを克服するために必要な経験でした」と語る青山さん。
「最初は、たまたま見つけた自転車世界一周の本に触発されて。
体力に自信がない自分のコンプレックスを克服するためにも挑戦!
石垣島なども辿りながら、日本を一周。
自転車の旅って、すごくいい。まず、やせます(笑)。
体脂肪でいえば6-7%になります!
こぐっていうのが、すごくシンプルなのもいい。
北海道で牛を眺めながらこいでこいで、お風呂を目指す、みたいな。
こがないと進まないし、こぐしかない。自分で動くしか無い世界。
0-30km 漕いで食べる焼きそばパンとか、すごく美味しい。
物事がシンプルになります。
また、自分の足で自転車をこいで縦断したってことは、ものすごい自信になりました。
打ち込むことや、趣味もできました。」
「この旅の最初は、ホント大変で。
ホテルを予約した先に行かなきゃいけないのに、台風が来てた。
行かなきゃ死ぬ、寝る場所ない!って感じで、
台風が迫る中自転車を漕いで、けっこう大変だった。全部ずぶぬれ。機材もね。
考えてみれば、台風が過ぎるまで他の宿で待てば良かったんだろうけど、
その時はもう必死。何が何でもたどり着かなきゃ!って。
かなり危なかったんですけれど、でもその時のしんどい体験が、
「この後何があっても大丈夫かな」って気持ちに繋がった感じがします。」
「その一方、最近は箱根の途中で足が痙攣して動かなくなったりして、帰りました(笑)。
昔は若気の至り、勢い、思い込みの力強さがあったと思います。
世界一周も、同じ。
「世界一周って、なにするの?」って言われても行っちゃうくらいの勢いで
いいんじゃないかな。」
「世界一周は、自分探しをしたいという気持ちから。
自転車で日本を回ることで、自分の達成感みたいなものを得たし、
運動苦手コンプレックスを乗り越えて。
2周しようと思ったのは、1周で観切れないと思って。
僕、人見知りなんです。
そんな人見知りの自分を変えたくて、修行のつもりの旅。
言葉が通じにくい国を敢えて選んでみた。
中国、モンゴル、ロシア、ウズベク、ヨルダン、シリア、トルコ、
ギリシャ、イタリア、仏、アンドラ、スペイン、アイスランド…と。
その頃に9.11が起こりました。アメリカへ行き、
その後はペルー、ボリビア、アルゼンチン、パラグアイ。」
「モンゴルとロシアはホームステイ。
人見知りな自分をどうにかするには、
日本語や英語すら通じないどうにもならない場所に身をおくしかないと思って。
普通に旅行したら、自分はきっと人に接しないで過ごしちゃうから。
ホントは家でぬくぬくしていたい、一人が大好き(笑)。
だけど、そういうところに身をおいて自分を鍛えないと社会に出られない、
って不安がすごく大きくて。だから旅しました。」
「モンゴルのホームステイではゲルのお家に滞在しました。
ここは特に面白かった!
日本から一番近くて一番遠いような、カルチャーショックを受ける。
言葉に関して言えば、365°が草原のこの地は、言葉が少ない。
10、20くらい単語を覚えると、何とか生活できるんです。
英語を話せなきゃ、文法間違えたくない、っていうのじゃなくて、
1つ1つ言葉を覚えていって、ゼロからコミュニケーションを積み重ねて行く大事さを
勉強しました。」
「モンゴルからシベリア鉄道。ここでスリに遭って。
モンゴルから出るとき、列車に入る際にモンゴル人数名に取り囲まれて、
気づいたらサイフない、みたいな。クレジットカードとかも入ってたのに。
あと15分くらいで出発というときだった。
他にも色々。例えばウズベクも、
ホテル予約しないとビザ取れないから予約したのに、見事に予約できてなかったり。
言葉通じない、人見知りとか言ってられない状況では、
火事場の馬鹿力で、日本語をまくしたてて怒鳴って。
気づいたら全部何とかなってた(笑)。」
「余談ですが、中国で仲良くなった日本人と、たまたまルートが一緒で。
その人とモスクワで合流できそうだったから、
手帳に『●月●日●時にレーニン像の前で待ち合わせ』って書いて約束したんです。
で、ちゃんと出会えたんです。
そういうアナログな交信の仕方も、すごくいいなと、印象に残っています。
アイスランドでは、宝さがしみたいなことをしてた。フロイトの本を使って。
レイキャヴィクのホテルに泊まったのですが、大体ルートって決まってるんですよね。
「どこどこの木の下に何かを埋めておくよ」とか。地図やバッヂを埋めたかな?
そういうの、面白いですよね。国をまたいだ宝探し。」
「次に、ウズベキスタン。次にヨルダン。
人見知りなので、あまりいい笑顔撮ったりできないのですが…。
少年の写真を撮ったら、後でお金を要求されました(笑)。
金銭を返して撮れるようになるまで、レベルが上がったってことですね(笑)。」
「次はアンマン。バグダットグランドホテルに泊まってました。
本当はホテルもドミが基本なんでしょうが、それも当時の自分にはしんどかった。
極力一人で本読んだり文章書いてたり。
どうしてもふれあわなければいけない環境に身をおくときは、きちんとふれあう。
海外だからこそ、一人の時間もすごく大事だと思います。
この旅の中でものすごく沢山文章書いた。
その頃に一生懸命考えたことは、今の自分にすごく繋がってるんです。
他者の気持ちでない、自分の純粋な気持ちを育てられたから。」
「ヨーロッパはほぼゼロ泊。夜行で行きました。ずっと一人旅をしていて、
ヨーロッパに来たときは心の底から「ここは女の子とくるところだ!」と思った(笑)。
ボロボロのシャツで、レストランに一人で入るときの気まずさといったら!
引け目ばっかり感じてました(笑)。
2周した後に、新婚旅行でもう1周。
奥さんとヨーロッパ来て、「やっぱ女の子と一緒で良かった」と思いましたね(笑)。」
「次に、アイスランド。ここは空気が住んでて、空港おりた瞬間から違う。
空港出てバス乗って、バスターミナルで降りた時にレインボーを見て。
来てよかったと思いました。
何も無いですけど、地球、火山、溶岩、氷河、草原、以上、みたいな。
北海道を回った時と同じ感覚。研ぎ澄まされていく。
行ってみないと分からないかもしれないです。」
「次に南米。南米って、すごく旅しやすい地域だと思います。
バスがすごく整備されている。
よっぽど中東やアジアより快適に旅できたところだと思います。
ボリビアのチチカカ湖では標高4000くらい。一番死にかけました、高山病で。
神が近い、と思いましたから(笑)。
この湖は、写真で見るより、ものすごく青い。雲も近い。」
「ボリビアの鉱山にも行きました。ボリビアは貧しい国で、
話を聞くとお父さんが一家を養うために一日8時間鉱山で働いて、一日3ドル。
中は空気が悪くて、働き手はみんな40歳くらいですぐ亡くなってしまう。
そういう話を聞くと、すごく自分が恵まれていると思う。
9.11の時も思ったけど、旅はホント道楽だなって。
修行とか言ってるけど、やっぱり大前提として。
でも道楽が悪ってこともない。
貧しい国の人がいて、恵まれた国の人がいて、生まれ持って不平等だけど、
お金持ちはお金持ちなりの悩みがある。貧しい人も貧しいなりに。
その時はすごく引け目を感じたけど、でもその時の自分には旅が必要だった。
色々考えさせられました。」
「9.11のときは、0泊だったので2日後くらいに知ったんです。
情報がなくて。全然実感がなくて、だから平気だったんです。
でもNYに行ったときに、すごく実感した。まだチリがグランドゼロを覆っていて。
物々しい雰囲気。それを見て、ギャップというか、いろいろ感じました。
9.11の2週間後のことでした。」
「最後に、南米のブエノスアイレス。
ま、こんな感じで回って、人見知りであることは自分の中では
(劇的ではないけれど)色々な経験から、
ちょっとは自分が出せるようになったかな、って。」
「世界を一周したあとに、日本を18きっぷで回った時の写真もあります。
違いを見たくて、18きっぷで、1か月旅行。
温泉(露天風呂)も入りました。
タダで泊まれるライダーハウス。ライダーもチャリダーも泊まれる施設で自炊したり。
これもたまたま、北海道を回っていたときに、
キャンプしてる人に出会って入れてもらって、いろいろ教えてもらったんです。」
「あと、2000年に北朝鮮に行った時の写真も。
北朝鮮は旅行者を管理しているので、国民とコミュニケーションはできない。
街で会えない。行けるところも限られていて、ツアーで、ガイドつき。
その方に先導されて、抜け出せない。でも結構リピーターが多くて、
いかにして現地の人とコミュニケーションをとるか?
みたいなノウハウがあるらしいですよ。」
「こうやって旅をしながら写真にのめりこんで、仕事にしたいなって思ったけれど、
純粋に楽しいことを仕事にするってことに、すごくジレンマを感じるようになって。
2周目を周り始めたときに、すごい落ち込んだ時期があった。
この旅で、将来を決めようと思っていたのに、
2周目は行ってる国は違うけど、やってることは一緒。
海外に行っても、自分の将来決まるかよ!みたいな。
楽しめなくて、不眠症になって。
普段は友達と写真をよくやっていたのに、海外行ってできなくなって。
好きなことできなくて、何のために旅してるの?って悩んで。
でもこの度で人生決めるって考えたので、不安を抱えながら旅を続けて。
でもグアテマラで、ある日、シャワールームで朝シャンしてて、
朝日が差し込んできたときに、とうとう「写真だ!」って。
悶々としていたのが膨らんで、破裂した瞬間が来たんです。「写真!」って。
そのあとは帰ることしか考えず、全力で帰国便を手配して、帰って、
写真の専門学校を探して、写真に集中しました。」
「すごく長い中で、自分に自信をつけて行って、写真で覚悟を決めるまでの旅でした。
このときは24歳です。
大学やめようかと思いましたが、最終的には大学をきちんと卒業することを決めました。
何かを決めるということは、他のことを捨てるということ。
だったら、この2年間しか心理学は絶対できない。
この2年間は絶対勉強しよう、って思って。
父も、好きなことやっていいけど大学は出てほしい、という意向だったんです。
だから、大学行きつつ写真も勉強しました。
写真を始めて。友達を跳ばせた写真なんかの展覧会をやったりして。
ソラリーマンのきっかけは、4年まえ、オヤジが肝臓がんで亡くなったこと。
僕のみた父は、帰りが遅くて、家にいても飲んだくれていて、
休みは遅くまで寝てて、パチンコ行って、みたいな。
優しい人でしたけれど、仕事は全然見なかった。
でも葬儀をするとき、会社の人達が、どれだけ父がすごい存在だったか教えてくれた。
僕自身は、その当時は「一人で生きていく」っていう気概があって、
サラリーマンを少し斜に見てた。
大変だけど自分でやってるし、サラリーマンとは違う、っていうアイデンティティ。
でもこのときから、少し考え方が変わって。サラリーマンを撮るようになりました。」
「現時点の活動ですが、ソラリーマンは去年の11月に出版。インタビューも収録。
もうひとつの作品が、女子高校生をテーマにした作品。これは顔を一切出さない作品。
サラリーマンも女子高校生も、記号っぽいと思う。
服を着てるだけで、固定的にみられるでしょう。
ソラリーマンは記号化されている人を跳ばせることで個性を引き出すけれど、
こちらは記号的なところだけ出す。顔は出しません。
撮影場所も、教室っぽいけど、教室なのかわからない。
女子高校生じゃない人が制服着てるかもしれない。
ちょっとフェティッシュな感じ。今もインターネットでモデルさん募集しています。
自分が高校生だった時は、女の子に話しかけられない初な男だった。
知りたい、触れてみたい、けどできない、そんな微妙な距離感を表現しています。
こちらの写真も、今年の6月に出版されます。個展は、今のところ予定はないです。」
「これからの目標。旅をした後の着地点は、とても日本的なところ。
今は旅に対する興味はないです。
ただ、日本のものを、海外の人に見てもらいたい。
実際に、去年から作品を海外に持っていっています。
そういうところでサラリーマンを見てもらいたいですね。」
ゲストトークの後は、いつもと同じくドリンクタイム!
今回も10人を超える人たちで、BADO!事務局はわいわい盛り上がりました♪
青山さん、本当にありがとうございました!
(なお、著作「ソラリーマン」はこちらで買えます!)


次回のバドリンクスは、4/28(水)開催予定!
ゲストはエクマットラhttp://www.ekmattra.org/JAP/の共同代表、渡辺大樹http://twitter.com/hirokiwatanabeさんです。
詳細は後ほど発表いたしますので、乞うご期待!